プロローグ (──来た) 幻聴。幻覚。一瞬先の未来を悟って耳の奥でその音が聞こえた。 やがて過(あやま)たず、民に避難を促す鐘の音が島中に響き渡った。 「姫様! こちらへ!」 侍女が緊迫した声をあげ、彼女を呼んだ。中庭で《水蓮》を見つめていた少女は、声に応じてアーチの中へ戻り、建物の内側からじっと外を見上げる。 そうやって空を見つめる両の眼は、稀有(けう)な色をしていた。澄んだ南海にして夏空の色、あるいはサファイア──見る者によって濃淡が異なるといわれる、至高の青。《一族の青(アヴェント・ブルー)》だ。 すぐに、彼女の──シェルタの碧眼がとらえた空が、どうっと泣きだした。 雨が勢いを増して島を覆っていく。 独特の、肌に感じる冷たさと濡れるような感覚にシェルタはかすかに身震いした。同時に中庭に植えられた草花の変化に眼を惹きつけられる。赤や黄色といった花弁がたちまち雨水を吸って、青くなっていく。 「……覆いが間に合いませんでした」 シェルタの傍らで、長い赤毛の侍女が申し訳なさそうにつぶやいた。 |
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